ヴァンサン ジラルダン家![]() 輸入元 (株)稲葉 資料より抜粋 ヴァンサン ジラルダンと美しいスイス人の妻ヴェロニクの活躍は、ほとんどすべての名のあるワイン雑誌にて紹介されている通りで、ロバート パーカー Jr.の絶賛ぶりは、『私はこれほど手頃な価格で、幅広く傑出したワインを届けることの出来るブルゴーニュの生産者やネゴシアンをほかに知らない。もし読者がブルゴーニュの赤を愛するのであれば、のんびりと歩いている場合ではない。走ってワイン商のもとに駆けつけ、ワインを購入しよう。』といわしめるほどです。 1995年からはじめたネゴシアンビジネスについてもジラルダンは、果汁ではなくブドウを購入することに専念しています。 栽培者に収量を減らすことを要求し、また化学肥料の使用を最小限に抑えるよう指示する。 こういった哲学のもとに経営を行えば、経費はかかるが、結果はより優れた業績となってあらわれる。 つまり購入する葡萄は自家畑で生産される葡萄とまったく同じレベルで、違いはその畑のテロワールのみとなります。 ![]() ヴァンサンはサントネのワイナリーを父から1982年に譲り受けそれから20年後、2002年6月にムルソーに移転しました。 そのセラーはブドウが運ばれてから出荷するまで、ワインをあちこちに動かさなくてもよいロジスティックな点を非常に熟考された構造となっています。 2つの熟成セラーの一方には白用の500樽(床色は白)、もう一つの赤用のセラーがあって(床色は赤)、全部で1500樽あり、20?30%が新樽です。 現在畑は自社畑が15haですが、2001年にはアンリクレール社と、ピュリニー モンラッシェ村に10haの畑を18年間使う権利を結びました(フェルマージュ契約)。 私どもが取り扱いだした当初、ヴァンサン ジラルダンも彼が住むサントネ村も無名でしたが、短期間でこれほどまで世界中に彼のワインが知れわたると、誰が想像できたでしょう。 '93年に初めて訪問して以来、毎年必ず年に1?2回訪問していますが、いつも新しい驚きがあります。 2000年に訪問した時には、いたずらっぽく、『私のエシェゾーの葡萄は誰のところから来ているか知ってる?』というので、『もちろんそんなことは、わかるはずないよ』というと、彼はおもむろに契約書をもってきて、私どもに見せました。 そこには疑いなく『ドメーヌ ド ラ ロマネ コンティ』と書かれていました。 このようにいつもヴァンサン ジラルダンへの訪問は、心ときめかせるような驚きの連続です。 私どもは数えきれないほどのブルゴーニュの生産者をまわりましたが、ヴァンサン ジラルダンほど赤ワインも白ワインも完璧で多くの人を魅了する造り手は少ないと思います。 |
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